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生物は、極めて複雑な反応を精密に制御しながら行なうことで生命を維持しています。生物に負けないように反応を精密に制御することは、化学の目標でありましたが、今でも目標であり、これからも目標であり続けるでしょう。私たちは、目標に一歩でも近づくために研究を行なっています。

生物は、その誕生から35億年の間、気の遠くなるほどの数の試行錯誤を繰り返してきました。その結果、
反応する分子同士の位置関係を精密に合わせることによって、基質選択性、反応特異性、立体選択性、官能基選択性、位置選択性、反応速度、いずれの面においても極めて高いレベルに達したのです。このことは、単純に「分子同士の位置合わせ」を実現すれば、生物に匹敵する選択性や反応速度が実現できることを意味しています。ところが、現代の化学は「分子同士の位置合わせ」について非常に未熟です。特殊な系についてはきちんと合わせられますが、それは反応には使えません。反応に使える系では、だいたいの位置合わせしかできません。



私たちは、精密な「分子の位置合わせ」を実現する場である反応場を作り上げることで、生物に負けない反応制御を行なうことを目指しています。反応場をどのように作り上げればいいか、基本的な構造から作り込んでいっています。一方、反応場の開発をサポートするために、位置合わせをするためのツールである分子認識場の開発、そのような分子を合成するための有機合成反応の開発、なども行っています。また、このような研究を行なっている中で酸化分解性ポリマーという面白い性質を持つポリマーを見つけました。このポリマーは全く新しい分解性材料として注目を浴びています。



分子認識とは、ある分子が別の分子と相互作用して、複合体を作るような現象です。ここで、どの分子と相互作用をするのかが区別されている時、分子認識が起こったといいます。私たちの体の中では、極めて精密な分子認識が起こることによって、分子のやり取りや反応が高度に制御されています。分子認識は、必要な官能基を空間的に適切に配置させることで実現できます。その官能基に空間的に対応する分子が認識されるのです。私たちは、新しい分子認識部位の開発や、分子認識部位を簡単に作り上げる新しい方法の研究をしています。

一方、分子認識が起こるということは、認識される物質が安定化される(=エネルギーが下がる)ということです。ある反応を考えた時、その反応中間体や遷移状態を安定化すれば、その反応は進みやすくなると期待できます。つまり、反応中間体や遷移状態を分子認識するような物質は、その反応の触媒になるということです。私たちは、そのような考え方で新しい触媒の開発も検討しています。

分子認識を利用すると、極めて複雑な形の分子を組み上げることができます。私たちはその中でも特に、「ロタキサン」や「カテナン」と呼ばれる分子に興味を持っています。「ロタキサン」というのは輪の中を棒が通っているような分子で、「カテナン」というのは輪が互いに貫通しているような分子です。私たちは、輪が互いにつながってポリマーとなった「ポリカテナン」の合成を目指しています。

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反応場 
生物は、空間的に適切に官能基を配置した「反応場」で分子同士の出会いを精密に制御し、それによって、非常に高い選択性で反応を進行させます。ですから、分子の形や官能基を認識するような官能基を空間的に正しく配置した「反応場」が構築できれば、人工化合物で生物と同様に反応制御ができるものと考えられます。そのような分子を設計し実際に合成して、生物の力を人工的に実現しようとしています。

私たちの体の中では、筋肉や鞭毛のように、運動する分子である「分子機械」が働くことで調節がされています。どのような「分子機械」も有機反応によって動いているはずです。しかも、その反応は単純なもののはずなのです。ところが、人工化合物で「分子機械」を実現するのは非常に難しいのです。私たちは、特殊な反応場を構築することで、直線運動や回転運動をする分子機械を作り上げることを研究しています。

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複雑な分子システムの合成を支えるのは有機合成の力です。これまで利用されてこなかった低分子無機化合物やラジカル反応を利用することで、有用な新しい有機合成反応の開発を行なっています。開発された反応は新しい分子システムの構築に利用され、また、新しい分子システムの開発に必要な反応は自分たちで開発していきます。

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低分子無機化合物を用いた有機合成を検討している中から偶然に見つかったのが、酸化反応によって分解する性質を持った、酸化分解性ポリマーという新しい高分子です。このポリマーは、ヒドラジンという無機化合物の性質を利用することで生まれました。空気中では安定であるにも関わらず、次亜塩素酸ナトリウムのような安価でありふれた酸化剤の作用によって、まるでスイッチを入れたように、ばらばらに壊れてしまうようなポリマーです。

得られるポリマーは高強度、高耐熱性、高耐溶媒性を持ち、分解性ポリマーだからといって弱いポリマーではありません。むしろ、きわめて丈夫な材料になります。

環境問題への対応として生分解性ポリマーに注目が集まっています。しかし、生分解性ポリマーは、微生物が食物とすることができるものですから、硬くて丈夫なポリマーではありません。そもそも、生分解性=微生物が繁殖するポリマーは非衛生的で使用に耐えるものではありません。分解性であることを最大限に生かすためには、分解は勝手に起るのではなく、こちらが意図したときにだけ起こるものでなければならないのです。酸化分解性ポリマーはまさにそのようなポリマーなのです。

酸化分解性ポリマーを利用すると、望むタイミングで直ちに分解できる材料が作れるため、分解性接着剤や分解性塗料など様々な応用が期待されています。また、分解生成物はポリマーの原料のカルボン酸であるため、リサイクルの容易なポリマーの可能性も考えられています。私たちは、酸化分解性という新しい機能の可能性を探るために、様々な性質を持った酸化分解性ポリマーの合成とその酸化分解反応を検討しています。

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